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倉金順子
いいテーマ、いい教師、いい研究仲間
4月という月は新年度が始まる月であると同時に、個人的には誕生月でもあるため、毎年二重の意味で気持ちを新たに迎える月である。つい先日修士論文を提出したばかりの感覚でいたが、今年で博士後期課程3年目。いつまでも立ち止まっている場合ではない。ここ数日は改めて自分の研究テーマ、目的、意義などと向き合いながら過ごしている。
振り返れば大学院への進学を決意したのは、今から5年前の2019年の春、41歳になる頃だった。大学卒業後はメーカー、広告代理店、外食チェーンと勤務先を転々としながらもマーケティング職に従事していた。38歳で退職し、夫が勤務するハンガリーの首都ブダペストに居を移してからは、ハンガリー語を学ぶ傍らで現地の人々に日本語や日本の家庭料理を教える活動などに取り組んでいた。そんな中で夫の東京転勤が決まり、さて自分は何をして過ごそうと、一瞬以前の職場に戻ることも脳裏をよぎったりもしたが、結局大学院進学を選んだ。その理由は大きく二つある。
一つには、ブダペスト在住中に現在の指導教員である秋山晋吾先生をはじめ、ハンガリー史および中東欧史を専門とする多くの研究者の方々(それも当該分野における第一人者の方々ばかり)と出会い、造詣の深さと研究に対する真摯な姿勢とに感銘と刺激を受けたことにある。在住者としてハンガリーという国をよく理解しているつもりになっていたが、研究者の方々との交流の中で、実際は表面的なものしか見えていなかったことに気付かされたのだ。いつしか自分もハンガリー史の専門家になって共に深い議論をしていきたいと、漠然とした憧れを抱くようになった。
では、ハンガリー史の中で何のテーマを研究するのか。その問いに対しての答えでもあるのだが、大学院進学を決めた二つ目の理由はハンガリーの料理や食文化をより深く知りたくなったからである。当初は単純にその成り立ちについての興味だけであったが、「ハンガリーを代表する文化財」と認証されている料理や食品もあると知り、「食」が文化財として認証されることによる意義を追究したくなった。また、今から約100年前の1920年、第一次世界大戦の講和条約であるトリアノン条約によって領土の約3分の2が近隣の新興国家群に組み込まれるまでは、ハンガリーの領土はカルパチア盆地のほぼ全域に跨って広がっていた。周辺諸国内のかつてハンガリー領であった地域(例えばスロヴァキアやルーマニア、セルビアなど)には現在もハンガリー系住民が少なからず居住しており、私自身も旅行などで訪れると、随所にハンガリー文化の名残を感じることがあった。聞くところによると、食文化も受け継がれているとのことだった。このことより、「食」とナショナル・アイデンティティとの関連にも関心が向くようになった。後から知ったことだが、そもそも歴史学において「食」が本格的に研究の対象となったのは20世紀半ばを過ぎてからという比較的最近のことで、まだまだ未開拓の領域が少なからずありそうな印象を受けた。
はたして2020年4月に本学修士課程に入学し、18年ぶりの学生生活が始まったのだが、さっそく大きな壁にぶち当たることとなった。まず、研究に関連する基本文献をまったくといってよいほど読み込めていなかった。さらに、論文執筆の基本的な作法も心得ていなかった。幸運なことに、入学早々より指導教員の秋山晋吾先生と赤嶺淳先生の両先生から多くの貴重な助言と指導を受ける機会に恵まれた。そのおかげもあってなんとか2年間で修士号を取得し、博士後期課程に進学できたものの、研究者として未熟な点が多々あることを日々痛感している。それでもいつも温かく見守ってくださる両先生には感謝の言葉しかない。
大学院での仲間たちにも感謝している。新型コロナウイルス感染症の流行により、修士課程入学直後からオンライン授業が中心となり、対面でコミュニケーションする機会が限られていた。そんな中でもゼミでは良いつながりができ、博士後期課程進学後は社会学研究科の他の研究分野を専門とする同期たちとも知り合えた。年齢も経歴もさまざまであるだけに、仲間たちとの交流の中では常に新しい刺激を得ている。何より、共に励まし合える存在がとてもありがたい。また、「仲間」と呼んでしまうのは大変恐縮であるが、ハンガリー在住時代に知り合った研究者各氏からは執筆の機会を提供された。そのおかげで研究者としての実績を積むことができたことに深く感謝している。
かつて、とある人生の先輩の方が、「いい研究をするために必要なのは、いいテーマ、いい教師、いい研究仲間、この三つである」と仰っていたのを思い出す。今の自分はそのすべてに恵まれている。あとは自分自身が精一杯邁進することで、意義のある成果を出していくしかないのだ。
執筆
1. 倉金順子, 2023,「国境をまたぐことになったワイン産地」, 長與進・神原ゆうこ編著『スロヴァキアを知るための64章』明石書店、265-269頁。
2. 倉金順子, 2024,「書評:マーク・B・タウガー著・戸谷浩訳『農の世界史』(ミネルヴァ書房、2023年)」, 『世界史の眼 No,49(2024年4月)』世界史研究所、2024年。
KIWA(きわ)Vol.1, No.1