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松浦海翔
調査地からものごとを考える
2023年度は、全国ニュースで連日報道がなされるほど、ツキノワグマによる被害が大きく、その規模は過去最大であった。わたしの調査地の集落がある秋田県内だけでも、人身被害の数は70名(2023年11月22日時点)に達し、2,311頭(2024年2月末暫定値)が狩猟、ないし有害駆除によって補殺された。
同時期に「マタギ」と呼ばれる人びとについての調査を実施していたわたしは、緊張感のある生活を送っていた。車を走らせれば、田んぼに落ちた籾を懸命に探すツキノワグマの親子が目に入ったし、集落内を散歩しているときに、クマの糞が道路に落ちているのを見つけたこともあった。こうした状況のなか、宴の最中に食べたクマ鍋の、その変わらぬ美味しさと、このクマを食べるに至るまでの背景とが混じりあった味を、いまでも鮮明に覚えている。
調査地である、秋田県北秋田市に位置する集落の人びととは、2021年の春にはじめて集落を訪ねて以来、かれこれ3年余りの付き合いになる。雪と寒さがまだ残る集落へと足を踏み入れた、右も左も、秋田弁も分からないわたしを、かれらは残雪が溶けるほど暖かく迎えてくださった。月日をへて、いまでは「秋田弁」で会話に参加できるようになったし、山のことや山菜のこと、クマの解体のことも、少しずつではあるがわかってきた。
2023年には、秋田県以外の場所でも調査をおこなった。そこで、さまざまな人と出会い、夜通し酒を飲み交わしながら話をした。調査地の集落の人びとには「酒ばっか呑んで、ほんとに研究しているの?」と、冗談まじりに言われることも多いが、ある意味自分なりの調査スタイルとして、身体化されてきているように感じる。心底、酒好きでよかったと思うばかりである。
修士論文では、かれらとの付き合いのなかで徐々に明らかになっていった、現代の「マタギ」の生活について、多少なりとも記述することができたように思う。学部時代と比べて大きく変わったのは、研究と論文執筆のスタイルである。卒業論文では、興味があり、かつ分析枠組みとして使いたいと思う理論が先行し、その結果、調査地では見たいものしか見られていなかった。いわば、「カッコつけ」すぎていたのである。
修士課程の2年間で、きちんと調査対象について記述すること、そしてそこから研究を立ち上げていくことの重要性を学ぶことができたのは、わたしのなかでの大きな転換点である。一方で、修士論文の審査会では、理論の用い方や分析の仕方(具体と抽象、調査と理論のあいだの往復)について厳しいご講評もいただいた。これは、今後の課題として、勉強に励みたい。また、自分自身の研究以外でも、和歌山県太地町でおこなったインタビューと、その成果物の出版に携わらせていただいた。調査から出版までの一連の流れという貴重な経験をすることができたのは、今後の糧になるだろうと考えている。
さらに、2024年度には「阿仁マタギの食物分配における対称性の研究:「マタギ勘定」の倫理と社会秩序の生成」(24KJ1141)という研究題目で、日本学術振興会特別研究員(DC1)に採択された(2024年4月〜2027年3月)。「研究者は、なによりも論文を書かなくてはいけない」と、指導教員には常々言われているが、これまでなかなか手を出せずにいた。しかしながら、現在まで数回にわたって実施してきた調査を経て、書きたいと思えるテーマがいくつか生まれつつある。もちろんそのためには、たくさんのことを勉強する必要があるのだが、今後は論文執筆や、学会発表なども積極的におこなっていきたい。
また、秋田県内にある集落の調査だけでなく、海外調査の実施も、このところ、ずっと頭の片隅にある。ここだ、という調査地がまだあるわけではないのだが。
新たに出会うであろう人びとと酒を飲み交わし、話をする日々を想像しながら、フィールドワークと同じように地に足をつけ、這いずり回るようにして、日々の研究に邁進したい。
●2023年度に実施した国内調査
◯秋田県北秋田市に位置する集落(4月3日〜7月3日、10月18日〜11月17日):参与観察、インタビュー調査などを実施。クマ猟や山菜採取、有害駆除、クマの解体作業、集落行事などに参加。
◯山形県西置賜郡小国町(5月4日):小国マタギの方々が主催する、「第41回 熊まつり」への参加。
◯福島県只見町(6月24・25日):「第34回 ブナ林と狩人の会 マタギサミット in ただみ」への参加。
◯新潟県村上市大毎(11月7日):村上市で狩猟をおこなう方への聞き取り調査の実施と、山熊田への訪問。
KIWA(きわ)Vol.1, No.1