『マツタケ』と人種概念の
ノンスケーラビリティ
樋浦 ゆりあ
一橋大学大学院 社会学研究科 博士課程
本稿は、2025年4月23日に開催された先端課題研究23「〈面白い〉研究の研究──規格不能性と向きあう」において、 赤嶺淳が報告した内容をまとめるとともに、赤嶺が論じたアナ・チンの『マツタケ─不確定な時代を生きる術』(以下、『マツタケ』)におけるスケーラビリティ/ノンスケーラビリティを、執筆者自身の研究に引きつけて議論することを目的とする。
1.赤嶺+チンの近代の語り方
赤嶺報告を2部構成で切り分ける。第1部に序論としての研究動機と『マツタケ』、第2部に捕鯨産業の変遷と分割して要約する。
発表ではまず、赤嶺がモノ研究をはじめた経緯が語られた。モノ研究のパイオニアたる鶴見良行の研究─鶴見ワールド─に魅了され、鶴見と差別化させたナマコ、続いて鯨を研究対象にしてきた。赤嶺の研究方法は、ディシプリンを気にせずに先行研究をまたぐことであり、フィールドワークやライフヒストリーの聞き取り、新聞記事や歴史学の二次文献なども多用している。次に自身が翻訳したチンの『マツタケ』を批判的に検討した。赤嶺は、チンが『マツタケ』で歩いた場所を追体験する過程で、方法論を盗もうとした、という。資本主義のあり方をマツタケ(モノ)の不確定さから論じたチンの問題意識に共鳴しながら、捕鯨の変遷と現在進行中のマーガリンの社会史の執筆構想を通じて「近代」を語ろうとしている。
捕鯨の変遷では、「近代」を象徴する捕鯨産業の歴史的変遷を再解釈し、今後の展望を描くことを目的とした。捕鯨産業の歴史を油脂生産に焦点し、かつての主要原料であった鯨油なき現在のマーガリンの社会史を今後の課題に据えている。有機栽培された原料を用いたり、ヴィーガン用であったりと、マーガリンは、いまやバターの代用品以上の商品であるという。赤嶺の視野は、日本の捕鯨船団が南氷洋に出漁した昭和初期から世界の鯨油市場が崩壊した1960年代中葉までの鯨油市場の変化を捕鯨業という搾取型経済の限界、その後の植物油脂によるプランテーション経済への移行との関係性として捉えようとしている。
2.『マツタケ』の要点の整理
『マツタケ』は、21世紀のグローバル資本主義や進化を自明とした「近代」という、明日が見通せない不確定な状態で、マツタケの生き方・世界観(マルチスピーシーズ・ワールド)、サプライ・チェーン経済に着目し、いかに新しい共生関係を構築できるかを問い直すマルチスピーシーズ民族誌である。日本やアメリカ合衆国、フィンランド、中国と地域を横断したスケールの大きな研究である。『マツタケ』の主役であるマツタケは、日本の贈り物文化の高級品である一方で、アメリカ合衆国の採取される現場では移民や難民という周縁に生きる人びとによって採取されている。
『マツタケ』のキーワードは多くある。次に第3節を論じるための概念として、「スケーラビリティ(規格不変性)」と「ノンスケーラビリティ(規格不能性)」を『マツタケ』にそってまとめる。
「スケーラビリティ」とは、組織体制やプロセスが、その構造や質を変化することなく、スケールを大きくしても同じように機能する状態である。例えば、プランテーションやサプライ・チェーンの一部で、環境や地域の多様性・特殊性が無視される。
「ノンスケーラビリティ」とは、組織体制やプロセスが、スケールを大きくした際に不成立、または拡大自体を拒絶する状態である。例えば、マツタケのサプライ・チェーンのなかの採取する現場や、森林が再生していくプロセスであり、偶発性や混乱を招き、不確定で多様性がある。
3.筆者自身の研究との接続
歴史を専門とする筆者の研究主題は、「ミックス」(混血)がどのように構築され、アメリカ合衆国という人種関係を基盤とした政治や社会において、いかなるカラーラインが引かれたのかを歴史的に問い直すことにある。その事例として、20世紀初頭ヴァージニア州に着目し、州公衆衛生局主導の「公的登録制度」(出生登録や死亡登録、結婚登録、離婚登録といった州管轄の制度を指す。アメリカ合衆国の場合、州ごとに法制度化され、現在も全ての州で州によって管理されている)の整備(1912年人口統計法の改正により開始)と、その後に制定された人種保全法(ヴァージニア州で17世紀の植民地時代から続く「異人種間結婚禁止法」改正法で、アメリカ合衆国初の白人の法的定義および、出生登録の強制を目指したが実現を阻止された1924年制定法のこと。白人と白人ではない人種の結婚を禁止する「異人種間結婚禁止法」も州ごとに法制度化され、廃止や復活、制定されなかった州など様々にある)の2つを取り巻く社会を制度史を踏まえた社会史の観点から描き出すことをめざしている。
研究主題に取り組むにあたり、赤嶺のようにディシプリンを越える必要があると考える。修士論文では、史料から「ミックス」だと疑われる「痕跡」を探すエリート白人男性たちと、その「痕跡」を打ち消そうとする「被疑者」に着目した。しかし、白人や黒人(黒人新聞の記事)の残した史料のみに限って実証するという不均衡をそのまま描き出してしまった。
筆者は、史料的限界を越えるためには歴史学からディシプリンをまたいでみるのはどうだろうかと考えた。よって、以下では歴史学に位置しながら、ディシプリンを越境した先に見えてくる地平とは何か(結局、見えないままか、向かえないままに引き返す可能性もある)を検討する。赤嶺報告と『マツタケ』を踏まえた筆者の研究の議論が地平を見る呼び水としたい。
チンの議論する「自然」と「人間」の共生のあり方は、筆者の扱う「異人種間」と翻訳できる可能性がある。しかし、本稿では、「人種」とスケーラビリティ/ノンスケーラビリティに絞って議論する。
まず本節では、「人種」(race)という概念のスケーラビリティとノンスケーラビリティを検討する。「人種」という概念は、筆者の研究にとって最重要な概念である。歴史学では、構築されたカテゴリーだと理解しながらも、「人種」の構築性を疑うことなく、それを前提としてきた。例えば、1960年以降の多文化主義の影響を受け、黒人、エスニック・マイノリティ、先住民などを主体として語られてきた。また、白人性研究でも、「白人であること」がどのように構築され、権力関係との結びつきを議論するものの、対象は「白人」であった。「白人」として歴史的に認められない時期のあったアイルランド系やイタリア系、東欧系を取り上げて意識化・可視化することにより、黒人史と同じように主体が浮上している問題がある。
本稿では、「人種」という概念のこれまでの理解をスケーラビリティとし、筆者の研究で検討する「人種」という概念の脱構築・再構築をノンスケーラビリティと捉えてみたい。そして、「人種」の構築性とそのプロセス自体が歴史的、地域的、文脈的に異なる形で展開されているため、スケーラビリティだけではなく、ノンスケーラビリティとして理解されるべきであると主張したい。
「人種」とは、生物学的実態ではなく、社会的な構築概念である、と理解される。それはある種の歴史性を持ちつつも、構築物としてスケーラブルに拡大する。例えば、文化人類学者の竹沢泰子は、「人種概念の包括的理解に向けて」において、「人種」を「小文字のrace」、「大文字のRace」、「抵抗の人種 Race of Resistance」と3つに分けて議論した。竹沢は、「小文字のrace」の説明に前近代の「社会分化した集団の差異」が「明瞭な優劣や排除を伴って政治・経済・社会制度に表現される場合」のことと定義し、「単なる偏見が、制度化された差別を伴うraceへと転化する要因としては、まずなにより労働や宗教・政治面における制度的変化が考えられる」(竹沢 2005: 29)と論じる。「大文字のRace」の説明に近代の「世界中の人々のマッピングと分類を意識して構築された科学的概念として流通する人種」であり、「国民国家形成、植民地主義などの文脈で、それぞれの社会において独自の展開を見せる」(竹沢 2005: 29‐30)と述べた。最後に「抵抗の人種 Race of Resistance」の説明に「アイデンティティ・ポリティクス」のように、「支配への抵抗、独立運動やマイノリティ運動などのなかで、それぞれの社会で劣位の人種とされた様々な集団の抵抗を呼び覚ます」(竹沢 2005: 31)と考える。
竹沢による、これらの3つ位相は、個々に独立しているのではなく、「個々の位相のなかに重層性、多様性、可変性が見出され、さらにそれら3つの位相は人種概念というひとつの球をなすように相互に連関している」(竹沢 2005: 28)という。さらに人種概念が非普遍的で人類史において点在し、支配集団と被支配集団の双方が道具とする概念で、現在と過去の類似性を暗に示すという意義を主張する。そもそも竹沢は従来のアカデミズムによる人種概念自体が、狭義の概念に留まってしまったために、概念に収まらない現象を「人種差別」として認識することを困難にし、結果としてその現象を容認し再生産していると警鐘を鳴らした。例えば、竹沢によれば「人種差別」という概念が黒人差別をイメージさせることにより、日本国内の外国人や被差別部落に対する排除は「人種差別」に値しないという政府見解が挙げられる。その問題意識により、竹沢は「人種差別」という現象とその対象のスケールを広げるために人種概念のスケールを拡張させた。「人種」の構築性の内実を包括的に理解し、それぞれの歴史的経緯に当てはめて機能させることができるスケーラビリティである。
しかし、「人種」は差異や排除をもたらす道具である一方で、「人種」の構築のプロセスにはノンスケーラビリティのような歴史的特殊性や不確定性がある。例えば、ヴァージニア州では、「人種」不確定な人びとが多くいるとされた。しかし、どのような「人種」であるかの特定に困難が生じた。家系図は限られており、制度も整っていない状況で、「人種」が不確定性であるからこそ、公衆衛生局は優生学運動と同じ論理を使って州主導の出生登録と死亡登録、結婚登録、離婚登録といった「公的登録制度」を人口動態統計法の制定後(出生登録と死亡登録は1912年、結婚登録と離婚登録は1918年)に開始した。しかし、公衆衛生局の目標とした全州民の登録はできなかったため、別の道具を使って「人種」を「客観的」構築させなければならなかった。1924年に新たに「人種保全法」を制定させ、全州民の「人種」をカテゴリーとして記録しようとした。人種保全法の強制記録は失敗したが、就学や結婚、徴兵といったライフコースのためには出生登録が必要だとし、疑わしい者には公衆衛生局長の名前で手紙を送った。ヴァージニア州では、様々な場面で「人種」が、ある一定の場の「知」によって確定される。法的定義だけではなく、時には情動が利用されていた。「人種」は、曖昧であり、確定していたはずの者たち(白人議員として生きてきたエリート男性は、人種保全法制定が「白人」ではないと証明されてしまうことに激怒した)にも不確定さを与えていた。
以上、「人種」の構築性とそのプロセスが、人・集団・時代・制度・文脈によって多様な形で展開された。竹沢は3つの位相のうちの「大文字のRace」が「民族」や「部族」といった異なる名づけの概念を「人種」分類に包含した「分類法則の普遍性」と、個別の社会では「人種」が単なる西洋の輸入品ではなく、国民国家形成や植民地主義などの文脈で独自の展開をみせる「コピーのオリジナリティ」といった普遍性と個別性の双方を持つとしている。しかし、竹沢は個別社会の独自性にも着目するとしながらも、竹沢の問題意識から人種概念の普遍性をグローバルな視座で包括的に理解することに重点を置いているため、コピーのオリジナリティが構築するプロセスにスケーラビリティが見出される。さらに、人種概念は構築されていると論じながら、位相や法則のために「人種」を構築するという一種の矛盾を抱えてしまっている。「人種」を構築することで本質的な「人種」が存在するように立ち現れる。とはいえ、「人種」を「見ない」ことは、人種差別の現象を否定し、現代の政治的文脈からカラーブラインドという批判がなされる。特に、3つの位相の「抵抗の人種 Race of Resistance」にとって、「人種」の否定は人種差別の否定へと繋がるからである。つまり、「人種」は支配集団から単に押しつけられただけではない戦略的な道具である。しかし、「人種」を「見ない」のではなく、「人種」を「見る」とは何かを考えたい。構築しないままに構築を問い直すことは、「人種」を否定して実態を矮小化するカラーブラインドとは異なる。ノンスケーラビリティのスケールの不成立および、拒絶や不確定性は、「人種」という一種の分類それ自体が作り上げてきた本質と見せかける構築性を明らかにするだろう。ヴァージニア州の人種秩序に揺れる社会は、「人種」だけでなく、ジェンダーやセクシュアリティ、階級をも伴った “ミックスな社会” である。「白人」を疑われた人びとは、身体および、血統だけではない「人種」を証明する「痕跡」があると見なされた。一方で、「白人」を疑われた人びとも、自らの「人種」を証明する「痕跡」を提示や消去を行った。そのノンスケーラビリティなせめぎ合いこそ、「人種」の構築性の証左であろう。「人種」の構築性と人種概念に関して、スケーラビリティだけではなく、ノンスケーラビリティとして理解することでオルタナティブな人種概念の議論が可能になるだろう。
4.結論
本稿では、赤嶺報告および『マツタケ』を基に、ディシプリンの越境がいかに既存の枠組みに揺さぶり、新たな知的地平を切り開く可能性を秘めているかが明らかとなった。そのうえで、筆者の研究主題である「人種」という概念のスケーラビリティとノンスケーラビリティの両側面を検討することで、これまでの歴史学的アプローチでは捉えきれなかった「人種」の構築性のプロセスの不確定性や流動性が照射された点に本稿の意義がある。以下、各節をまとめ、結論を示す。
まず、赤嶺報告に見られるように、対象をモノとしながらも、その背後にある社会構造、歴史的背景、制度、そして感情の層にまで踏み込むことで、物質文化研究を単なるモノの歴史記述にとどめず、動的な社会分析へと転換させることが可能である。特に赤嶺のディシプリンを越ようとする姿勢は、筆者自身の研究姿勢にも深い示唆を与えており、従来の歴史学の方法だけでは捉えきれない「人種」概念の不確定性への接近を可能にしている。
一方、チンの『マツタケ』におけるスケーラビリティとノンスケーラビリティという概念枠組みは、自然と人間、資本と共生、制度と偶発性といった二項の対立を乗り越える分析ツールとして有効である。これを筆者の研究の重要概念である「人種」に適用することで、「人種」が固定的・規格的な社会的枠組みとしてスケーラブルな機能しつつも、その構築過程において多くのノンスケーラブルな不確定要素が絡むことが明らかとなった。とりわけヴァージニア州の制度史において、「人種」の確定がいかに困難であったか、またその困難さが「制度的暴力」を誘発したことは、ノンスケーラビリティの構造的な重要性を浮き彫りにしている。
さらに、本稿では「人種」が生物学的実体ではなく社会的構築物であるという認識を出発点としつつも、その構築プロセス自体が時代・制度・文脈によって異なる形で展開されること、すなわちスケーラビリティだけではなく、ノンスケーラビリティとして「人種」を捉えるべきであることを示した。このような視点は、「人種」が一貫した定義や枠組みで理解されるべきものではなく、むしろ常に不確定で、更新され、争われ、再配置される過程であるという理解を可能にしてくれる。
本稿が提示した結論は、ディシプリンの越境によって生まれる知的刷新の可能性と、「人種」という概念に内在するスケーラビリティとノンスケーラビリティの複合性を浮かび上がらせた。そして、筆者自身の研究においても、制度史と社会史を交差させつつ、史料的限界を乗り越え、新たな記述の地平を目指す取り組みとして大きな示唆を持っているといえる。
参考文献
Tsing, Anna Lowenhaupt, 2015, The Mushroom at the End of the World: On the Possibility of Life in Capitalist Ruins, Princeton: Princeton University Press. (赤嶺淳訳,2019,『マツタケ──不確定な時代を生きる術』みすず書房.)
竹沢泰子,2005,「人種概念の包括的理解に向けて」,竹沢泰子編,『人種概念の普遍性を問う──西洋的パラダイムを越えて』人文書院,9-109.
樋浦ゆりあ,2023,「ムラトーたちの「痕跡」──アメリカ合衆国ヴァージニア州における人種保全法・出生登録・優生学運動とミックス/混血」一橋大学大学院社会学研究科2022年度修士論文.