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歴史をつないでいくということ

倉金 順子 
一橋大学大学院 社会学研究科 博士後期課程4年

最初に2024年度を振り返っての自身の反省点を述べておきたい。それは、この1年間、研究者としての「成果」と呼べるものをひとつも残せなかったことである。2024年2月に『リサーチ・コロキアム』で報告発表した研究計画をもとに、「ハンガリーのナショナルな食」を軸として、博士論文執筆に向けて分析に着手した研究テーマはいくつかある。そうした意味では、ようやく研究が軌道に乗り始めた年だったともいえる。が、口頭発表なり、論文や書評投稿なり、何かしらの形として残せなかったということは、やはり自身の至らなさの証左として深く受け止めている。

ともあれ、反省だけをしていても、何も生み出せないまま刻々と時間が過ぎていくだけである。充電期間はとっくに終わり、既に機は熟した。折しも、本稿執筆中の2025年5月23日と24日の2日間、2025年日本国際博覧会(略称「大阪・関西万博」)を訪れ、対外発信される「ハンガリーのナショナルな食」を同国パビリオン内レストランにて体験してきたことが、よい動機付けとなった。さっそく筆を進めている。次号の『きわ』では堂々と報告したい。

さて、ここからは研究の「成果」ではないが、現在進行形で携わっている活動を2つ紹介したい。1つ目は、ハンガリー史・国際関係史を専門とされる千葉大学・法政大学名誉教授の南塚信吾先生が発起人となり、2024年10月に開設した軽井沢千ヶ滝の「ハンガリー文庫」(Magyarnyelvű könyvtár – Sengataki)に関して。南塚先生と初めて出会ったのは、結婚を機にそれまで勤めた会社を退職してブダペスト住み始めたばかりの2016年、まだ帰国後大学院に進学するなど考えもしていなかった頃のことなのだが、数年前より別のご縁があって諸活動のお手伝いをさせていただいている。「ハンガリー文庫」には、南塚先生の他5名の研究者(末席ながらわたしも名を連ねている)がそれぞれハンガリー語や外国語で書かれた歴史書・文学書などを段階的に持ち寄り、将来的には約10,000冊が所蔵される予定である(現時点で既に約2,000冊所蔵。なお、日本語で書かれたものは、日本の図書館でも見つけやすいため含まれていない)。日本ではなかなかアクセスしにくい書籍が一堂に会しており、期間限定ではあるが一般公開されている。

わたしが主に担当したのは、蔵書の文献目録の作成、図書ラベルの作成と書籍の背表紙への貼り付け作業だった。1冊ずつ書籍情報を調べ、ハンガリーの国立図書館による分類法を参考に、主題・内容に応じて分類番号を付与していく。なかなか骨の折れる作業ではあったが、南塚先生の蔵書のなかから、自身の研究に関連する社会主義期に出版された料理本や、19世紀半ばに出版された歴史書などを見つけた時は、時間と空間を越えた嬉しいめぐり逢いに心を躍らせたりもした。そして何よりも、配架作業が完了し、書籍がずらりと書架に並んだ光景を目にした時は、感激もひとしおだった。

2つ目は、父方の祖父(1898-1981)の遺稿のデジタル文書化作業である。年始に実家にある箪笥の引き出しの奥から、1冊のノートが見つかった。それは祖父が生前の1960年代に書き記した半生記だった。祖父はわたしが2歳の頃に亡くなっており、思い出といえば、祖父の家で大声を上げて泣いたときに、ものすごい剣幕で怒られたというものしかない(そして、それがわたしの人生最初の記憶でもある)。生前は大層寡黙な人物だったようで、父からも祖父について話を聞くことはほとんどなかった。けれどもノートからは、今の広島県三次市で生まれ育った祖父が、横浜でハワイやアメリカ本土などへの海外渡航者向けの旅館業を営むようになるまでのストーリーだけではなく、彼が生きた明治・大正・昭和初期という時代の日本の社会状況も読み取ることができた。専門分野からはかなり遠ざかってしまうものの、今後(祖父の個人的経験から切り離した形で)研究を進めてみたいテーマもいくつか見つかった。

いずれにしても、研究者としても個人としても、わたしは先人より歴史をつなぐという活動に取り組んでいる。だからこそ、本年度は「形に残す」ことを目標に結果を出していく所存である。


© 2025 くにたち歩く学問の会        発行:東京都国立市中2-1 一橋大学大学院社会学研究科赤嶺研究室

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